Claude Codeで働き方が変わった話(感動と絶望)

Claude Codeを使って仕事をするようになって、劇的に仕事の進め方や働き方が変わった。同僚と「毎日、感動と絶望を繰り返している」と話している。

Claude Desktopもあるけれど、ほとんど使うことはない。iTermやtmuxのようなターミナルからClaude Codeを使っている。

自分はエンジニアではないけれど、もともと開発には興味があった。かつてRailsで簡単なアプリケーションを作ったり、Vibe CodingでStravaのログを地図にオーバーレイするようなアプリを作ったりしていたので、ターミナルの操作自体はなんとなくできる。これがアドバンテージになった。

記憶の外部化

Claude Codeが良いのは、自分の記憶を外部化できるということだ。

40代後半にもなってくると、如実に自分の記憶力が低下していることを実感する。そんなときに、自分の記憶の断片をファイルに落とし込めるというのは非常に心強い。だからこそ積極的に記録を残そうというマインドになってくる。

実際、自分の仕事のログをなるべくClaudeに渡したいと思っていて、Calendar、メール、Drive、SlackのログやGoogleドライブのアクティビティ、Notion、そして最近買ったAnkerの音声デバイス「Soundcore」などのデータを一元管理するようにしている。claude codeのアクティビティもそう。

日々の振り返りや仕事の進捗管理、外部とのメールやSlackのやり取りといったものをなるべく蓄積するようにしたところ、仕事が複利的に恩恵を受けられるようになってきた。過去の文脈を自分の代わりに覚えてくれているので、「あの件どうなってたっけ」が一瞬で解決する。

感動と絶望

良いことばかりではない。

Claude Codeによって並列で物事を進められるようになった結果、脳の負荷が上がった。周りでも「非常に疲れた」「脳が疲れる」という話をよく聞く。できることが増えた分、判断の数も増えている。これが不可逆的に起きている感覚がある。

「感動と絶望を繰り返している」というのは大げさではなくて、本当にそういう毎日だ。AIが信じられないくらい良い仕事をしてくれる瞬間と、自分のキャパシティの限界を感じる瞬間が交互にやってくる。

今後の時代を生き抜くには、やはりフィジカルを大事にしないといけないのかもしれない。脳を酷使する時代だからこそ、体のコンディションがそのままパフォーマンスに直結する。そんなことを最近よく感じている。

コロナのような出来事で働く環境が大きく一気に変わることはあったけど、ClaudeCodeは働き方そのものが大きく一気に変わった感じ。数カ月後にはまた大きく環境変わってるだろうし、そのときにこれを読んでどんな感想を持つのか、楽しみ。